解剖学・神経科学研究室(旧解剖学第一研究部門)について

 筑波大学は、東京教育大学の移転を機に新しい教育分野(工学・医学)が付け加えられ総合大学として1973年10月に発足し、1974年4月に医学専門学群の第一期生100人が入学しました。第一学群(人文、社会、自然学類)と体育専門学類も同年に第一期生を迎えています。1975年には第二学群(比較文化、人間、生物、農林学類)と芸術専門学群が、1977年には第三学群(社会工学、情報、基礎工学類)が誕生しました。キャンパスは、筑波研究学園都市の中にあり、総面積は246haに上ります。

 筑波研究学園都市は、国立試験研究機関等を計画的に移転することにより東京都内の過密緩和を図るとともに、高水準の研究と教育を行うための拠点を形成することを目的に国家プロジェクトとして建設されました。これまでにノーベル賞受賞者が生まれるなど、研究機関の集積をいかした世界的な科学技術拠点都市として成長し、2万人を超える研究者を有する日本最大規模の研究都市となっています。

 医学専門学群の解剖グループは基本的に一つの単位として運営されていましたが、教授を中心とした3部門(解剖学第一研究部門・第二研究部門・第三研究部門) がありました。当研究室は、解剖学第一研究部門の流れを引き継いでいます。初代教授である河野邦雄先生は1974年9月に留学先のハーバード大学から帰国され、筑波大学に着任されました。 河野邦雄先生は、筑波大学における研究と医学教育の基盤を確立されました。特に神経組織の電子顕微鏡的解析を行い、1983-87年本能特別プロジェクトに参加し、ニューロン軸索のinitial segmentの構造について業績を上げました。 魚のマウスナー細胞のギャップ結合、プルキンエ細胞の興奮に伴う層状化した小胞体の出現に関する研究に取り組みました。教育面では、組織学の講義と実習を担当され、ストーリー性のある試験問題で学生との知的交流を図りました。河野邦雄先生は医学研究科長、解剖学会理事を歴任され、1998年までその任に当たりました。

 久野節二先生(基礎医学系システム脳科学研究分野教授)は神経内分泌の研究を行い、 感性認知脳科学専攻長、 日本感性工学会理事、感性脳機能部会代表、学会誌編集委員、日本解剖学会の学術評議員を歴任されました。 野上晴雄先生は、成長ホルモン及びGHRH受容体遺伝子の発現調節の研究を精力的に行いました。現在は、日本保健医療大学 保健医療学部看護学科の教授としてご活躍していらっしゃいます。

 2015年7月1日、武井陽介教授が着任し、解剖学・神経科学研究室を設立し、現在に至っています。筑波大学医学類の肉眼解剖学の講義と実習、神経解剖学の講義と実習を担当しています。また大学院人間総合科学研究科(感性認知脳科学専攻・フロンティア医科学専攻・生命医学専攻)にて、細胞骨格・免疫システムの異常と精神疾患(自閉スペクトラム症・統合失調症)に着目して研究活動を行っています。

 筑波大学の肉眼解剖の講義と実習は、医学類2年生を対象として5月中旬から6月にかけて行われます。また神経解剖の講義と実習は10-11月に行われます。解剖学業務には、筑波大学医学系技術室(瀬谷祐一さん・矢部一徳さん)と協力してあたっています。

参考文献

・日本解剖学会100周年記念 教室史

・内山安男. 2018. 河野邦雄先生の死を悼んで. 解剖誌93:31-32.

Great view of Leonardo monument in Piazza della Scala at dawn in Milan